飯田簡易裁判所 昭和45年(ろ)1号 判決 1971年12月04日
被告人 三岡相啓
昭二六・八・一〇生 無職
主文
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四四年一一月九日午後三時ころ、飯田市中央通り三丁目所在パチンコ店ニユー飯田センター附近道路において、自動二輪車(九〇CC)(鼎町い七五八号)を運転したものである。
(証拠の標目)(略)
(被告人の供述および補佐人の意見に対する判断)
第一、被告人の司法巡査に対する供述書の信用性の有無について
被告人は当公判廷において、判示日時、場所において自動二輪車の無免許運転をしたことはないと述べ、被告人の司法巡査に対する供述書に被告人が署名押印をしたことについて、違反をしたことは間違いないということで(右供述書欄の上記違反をしたことは相違ない旨の文字の下の氏名欄に)署名したもので、氏名を強制されて書いたものではないが、本件現場の前で外国人登録のことをしつこく聞かれ、それから飯田警察署へ連れて行かれて、そこでもそのことばかり責められたことと、当時飯田高等学校在学中であつたが、学校の規則でパチンコをやつてはいけないことになつていたのに、パチンコをやつたことが学校に報告されるのをおそれて、名前を書いてしまつた旨供述しているので、右供述書は真実に反することを述べたものとして、右供述書には少くとも信用性がない旨を主張しようとしているものと解されるが、被告人は当公判廷において昭和四四年一一月九日に警察官から無免許運転のことで取調べを受けたことは間違いない旨を供述しており、さらに(証拠略)によれば、被告人は判示日時、場所における自動二輪車の無免許運転の事実について、同年一一月九日本件現場で警察官から無免許運転の有無を聞かれた際も、その後引続き飯田警察署において取調べを受けた時も、また同年一二月一九日飯田区検察庁において検察官事務取扱検察事務官から取調べを受けた時も、いずれもこれを認めて自ら任意に無免許運転者であると自白していたもので、加うるに右供述書欄には被告人において「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」との印刷文字の記載の下の氏名欄に、何等事情を述べることなく自署指印だけをしたことが明らかであり、しかも証人山野井貞雄の当公判廷における供述によれば、当時飯田警察署防犯少年課防犯主任巡査部長であつた同人は本件現場であるパチンコ店ニユー飯田センター前附近の歩道上において、判示日時ころ国鉄飯田駅方面から本件自動二輪車を運転して、時速約二〇ないし三〇キロメートルで中央通りを進行し、同パチンコ店の自転車置場へ入ろうとしている被告人を現認し、折柄同店外で補導のため説諭していた飯田長姫高校生平井某が被告人に合図らしきものをしたときの挙動からして、被告人も高校生ではないかと疑い、被告人に一寸待つてくれと言つて右歩道上に被告人を待たせておき、右平井に対する説諭を終えたのち被告人の許に赴き、被告人に種々質問し、その身元等を確認しようとしているうち、被告人が自動二輪車の運転免許証を所持していないことがわかり、さらに無免許運転の事実を自白し、これが二度目である旨申し述べたので、被告人を自動二輪車の無免許運転被疑者と認め、同警察署交通課員(特務)を右パチンコ店入口にあつた公衆電話で呼出し、これによつて右現場に来た同警察署交通課員であつた矢澤、小嶋の両巡査に被告人が自動二輪車に乗つてきた状況を説明し、被告人自ら無免許運転をした旨述べているし、これが二度目だとも言つているから、よく調べるようにと指示してこれを右両名の巡査に引継ぎその後の処理を委ねたことが認められるので、以上の各事実を総合して考察すれば、被告人の司法巡査に対する供述書については、被告人が真実のことを述べたものとして、その任意性に疑いをさしはさむ余地はなく、またその信用性も充分であるものということができる。
そして仮りに、被告人が本件現場の前で外国人登録のことをしつこく聞かれ、また飯田警察署においても右登録のことを責められ、あるいはパチンコをしたことが当時在学中であつた飯田高等学校に報告されるのをおそれたという事実があつたとしても、警察官から前記供述書の氏名欄に署名押印を強制されたのであれば格別、署名押印を強制されてもいないのに、ただ右事実の存在だけで被告人自らしてもいないような無免許運転の事実を認める趣旨の署名押印を右供述書にするものとは被告人の年令とくに被告人が当時飯田高校三年生であつたこと等からしても、到底考えられないところであるから、被告人の右署名押印は被告人の真意に基いてなされたものとみるのを相当とすべく、従つて被告人の当公判廷における前記供述は以上の事由により信用することができないものというべきである。
第二、補佐人の、本件が警察官の違法、不当な職務の執行というべきもので、手続においても違法であるとの主張について
(1) 右の点につきまず補佐人は、本件交通切符中交付者の所属階級氏名欄に飯田警察署司法巡査矢澤幸なる記載があるが、同警察署には本件交通切符作成時には矢澤幸なる警察官は実在していなかつたので、右は実在しない警察官による架空の記載であつて、その手続は違法である旨主張するので、この点について判断するに、本件交通事件原票によれば、なるほど補佐人が指摘するように本件交通切符中の交付者の所属、階級及び氏名欄に飯田警察署司法巡査矢澤幸なる記載のあることが認められるが、(証拠略)によれば、右は飯田警察署所属の矢澤吉幸巡査が自己の名前について「吉」なる文字を書き落して記載したものであつて、同巡査が現実に右交通事件原票を作成したことが認められ、さらに右交通事件原票の下部につく飯田警察署長宛の昭和四四年一一月九日付捜査報告書中にはその作成者として司法巡査矢澤吉幸なる署名と矢澤なる捺印があることからしてみても、右交付者の氏名等の欄の司法巡査矢澤幸なる記載は矢澤吉幸巡査による記載上の手落ちであることが明らかであるから、本件交通切符は補佐人が主張するような実在しない警察官によつて作成された架空の記載ではなく、右矢澤吉幸巡査によつて真正に作成されたものというべく、従つてその手続が右の点において違法とする補佐人の主張は採用することができない。
(2) つぎに補佐人は、本件交通切符には矢澤吉幸、小嶋一雄現認としてあるが、現認しない者が現認と記載すること自体警察官の職務として違法、不当であるから、手続においても違法であると主張するので、この点について判断するに、前記捜査報告書によれば、現認欄と認知欄とがあつて、現認欄に○印を付し、司法巡査矢澤吉幸、小嶋一雄の両名がこれに署名捺印していることが認められるところ、(証拠略)によれば、被告人についての無免許運転の事実を現認したのは山野井貞雄巡査部長であつて、矢澤吉幸、小嶋一雄の両巡査でないことが認められるので、本件無免許運転事実について現認者でない矢澤、小嶋の両巡査が被告人に対する交通事件原票の下部につく捜査報告書中に現認欄に○印を付したことは、違法な記載をしたものというべく、(本来の現認者であるべき山野井巡査部長がこの現認の点につき捜査報告書などを作成した形跡を認め得ない本件にあつては)その処理方法としては適正を欠いた職務執行であるというのほかはないが、(証拠略)によれば、矢澤巡査らが被告人の右無免許運転の事実についてこれを現認したものと処理したのは、矢澤巡査らが本件現場附近において山野井巡査部長から同事件を引継いだものであり、しかも当時右現場で被告人が矢澤巡査らに無免許運転の事実を自白しており、かつ山野井巡査部長が右事実を現認した時間からこれを引継ぐまでにそれ程の時間を経過しておらず接着していたとみて、現認と同等に取扱えうるものと考えたからであることが認められ、一件記録によるも他に矢澤、小嶋の両巡査が何らかの不当な意図をもつて右の処理をなしたものとは認めがたいので、本件捜査手続上は右のような欠陥はあつたが、これをもつて直ちに本件手続全般が違法であるとはいいがたく、したがつて本件公訴提起の手続がこれによつて無効となるものとは解しがたいので、この点についての補佐人の主張もまた採用することができない。
また補佐人は、本件交通切符中捜査報告書に記載の小嶋一雄なる氏名の小嶋の嶋の字は漢字の辞書にもないもので無効である旨主張するが、(証拠略)によれば、本件交通事件原票の下部につく捜査報告書中の作成者としての小嶋一雄なる氏名は矢澤吉幸巡査が小嶋一雄巡査の代筆をしたもので、小嶋巡査は矢澤巡査が代筆した小嶋一雄なる文字について嶋の字が間違つていることを認しないままその末尾に自ら捺印したものであることが認められ、小嶋巡査が矢澤吉幸巡査によつて代筆されたその氏名の末尾に自らの意思に基いて捺印していることからみて、小嶋なる嶋の字は単なる記載上の誤ちであつていわゆる誤記にすぎないものであると解すべきであるから、補佐人が主張するように右の記載をもつて無効とすべきではない。
第三、補佐人の本件が外国人に対する警察権の濫用であるとの主張について
右の点につき補佐人は、本件交通切符作成にあたり、被告人より国籍韓国と答えたのに対し、矢澤吉幸があえてこれを朝鮮と記載したことは、人種差別を表現したものであるのみならず、共産主義者としてのレツテルをはるこんたんでしたものとしか解しえず、右は反社会的行為というべく、公務員としての適法な職務執行行為ではなく警察権の濫用である旨主張するが、証人矢澤吉幸の当公判廷における供述によれば、矢澤巡査が本件交通切符中本籍欄に「朝鮮」と記載したのは被告人の供述によつたもので、人種差別の意図のもとにしたものではないことおよび交通切符による場合でも無免許運転の被疑事実がある場合には、飯田警察署ではその後において被疑者の在籍調査をしているところから、交通切符中本籍欄については通常の場合被疑者本人の言つたとおりにこれを記載していることが認められ、さらに一件記録によれば、本件公訴提起の際には本籍欄は韓国慶尚北道金泉郡大徳面外甘里八〇八と訂正されていることが明らかであるから、右認定の事情からすれば、矢澤巡査が本件交通切符中の本籍欄に「朝鮮」と記載したことを目して公務員の職務執行行為として不適法であるとは言えず、従つて本件をもつて外国人に対する警察権の濫用であると解することもできないので、この点についての補佐人の主張もまた採用するに由ない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に該当するもので、その所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、(被告人は昭和四六年八月一〇日をもつて成人に達したので換刑処分の言渡をするものとし)右の罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して、被告人にこれを負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。